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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)12322号 判決

原告 榎本実

右訴訟代理人弁護士 根本孔衛

同 本永寛昭

被告 斎藤栄

右訴訟代理人弁護士 松井正治

主文

1、原告の主位的請求を棄却する。

2、被告は原告に対し別紙第三物件目録記載の土地を明渡せ。

3、訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の負担とし、その一を被告の負担とする。

4、この判決は第2項にかぎり仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告

1、被告は原告に対し、別紙第二物件目録記載の建物を収去して別紙第一物件目録記載の土地を明渡し、かつ昭和四一年四月二一日から明渡ずみまで一ヵ月一、三〇〇円の割合による金員の支払をせよ。

右請求が認められない場合には、予備的請求として、主文第2項と同旨。

2、訴訟費用は被告の負担とする。

3、仮執行の宣言。

二、被告

1、原告の請求をいずれも棄却する。

2、訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1、原告は、別紙第一物件目録記載の土地(以下本件土地という。)の所有者であるが、昭和二一年四月二一日右土地を、工場用木造建物所有の目的で期間二〇年賃料一ヵ月坪当り一円の約で、被告に賃貸した。

2、被告は、右土地のうち別紙第三物件目録記載の部分を除いた部分別紙図面(い)(ろ)(わ)(か)(い)の各点を結ぶ線に囲まれた部分二七二、二八平方米に別紙第二物件目録記載の建物(以下本件建物という。)を所有して居住している。

3、右賃貸借契約は、昭和四一年四月二〇日をもって期間満了となったが、原告は右土地を自ら使用する必要があったので、被告に対し契約を更新しない旨通知し、同通知は同月二九日被告に到達した。

4、原告の右更新拒絶の正当事由は次のとおりである。

(一) 原告は病弱であり、収入も少いので、本件土地を利用して経済的効用をはかりたい。

(二) 本件土地のうち別紙第三物件目録記載の部分別紙図面(ろ)(は)(に)(る)(を)(わ)(ろ)の各点を結ぶ線に囲まれた部分一一四・〇七平方米は空地のままであって、被告は利用していない。

5、本件賃貸借契約は、昭和四一年四月二〇日期間満了により消滅したのに被告はこれが返還に応ぜず、その当時の賃料一ヵ月一、三〇〇円と同額の損害を原告に蒙らせている。仮に右土地全部につき契約消滅の効果がないとしても、少くとも空地である別紙第三物件目録記載の部分については契約は消滅したものである。

6、よって、原告は被告に対し、主位的に右建物を収去して右借地全部の明渡ならびに損害金の支払を求め、予備的に別紙第三物件目録記載の土地部分の明渡を求める。

二、被告の認否および主張

1、請求原因1ないし3の事実は認める。

2、同45の事実は争う。

3、別紙第三物件目録記載の土地部分が空地となっていることは認めるが、それは別紙図面(に)(る)の線を結ぶ境界について原被告間に紛争があり、未解決のままとなっているため、右土地に建物を建てることができないからである。

三、原告の認否

右被告の主張は否認する。

第三、証拠関係≪省略≫

理由

請求原因1ないし3の事実は当事者間に争がない。

よって原告の本件賃貸借契約の更新拒絶の意思表示について正当事由があるかどうかについて判断する。

≪証拠省略≫によれば、原告は、被告に賃貸している本件土地約一一六坪を含めて合計一八五坪の土地を所有しているが、そのうち二八坪を訴外飯塚某に賃貸し残りの四一坪を自ら使用していること、原告は、当年五二才であるが、昭和三九年頃胃潰瘍の手術をして以来結核に罹り健康状態がすぐれず、現在会社の嘱託として勤めてはいるが、月収三六、〇〇〇円程であり、原告の妻も工場に勤め月収二万円を得ていること、子供二人のうち長男一四才は知能障碍のため将来も一人前の仕事はできない見込であること、従って原告は将来の生活に資するため、本件土地の明渡を受けて、アパートを建てたいと念願していることが認められる。

他方、被告本人尋問の結果によれば、本件土地附近一帯の土地は終戦当時疎開跡地で空地であったところ、原告は、昭和二〇年頃北区役所からその使用許可を受けて木工工場を設けたこと、その後右土地が地主に返還されたので、昭和二一年中に本件土地を原告から賃借し、その西側の土地を訴外石井某から賃借して営業を続けたが、昭和二五年頃右営業を廃止して右石井所有地は返還し、その後は本件土地のうち別紙図面(い)(ろ)(わ)(か)(い)の各点を結ぶ線に囲まれた部分二七二・二八平方米に本件建物を建ててこれに居住していること、しかし本件土地のうち右建物の敷地部分を除いた部分すなわち別紙第三物件目録記載の部分は本訴提起に至るまで空地のまま放置されていたこと、本訴提起後昭和四四年二月頃になって、被告は右空地部分にトタン塀を設けてこれを駐車場として使用していることが認められる。

被告は、右空地部分を被告が利用していないのは、原、被告間に借地の境界線に紛争があるためであると主張するが、被告本人の右主張に沿う供述は証人榎本千代の証言に照らし信用できず、他にこれを認めるに足る証拠はない。

右認定の事実を勘案すれば、原告は経済的にかなり苦しい情勢にあり、本件土地を利用して収益をあげ生活の安定に資する必要があることは十分に窺うことができるが、反面被告もまた本件土地に住居を構え生活の本拠としているのであるから、本件土地を明渡すことになれば、他に住居を求めなければならず、相当の不利益を蒙ることが明らかである。しかし本件土地のうち別紙第三物件目録記載の部分については、前記認定のような利用状況に鑑み、被告はこれを原告に明渡しても左程の痛痒を感じないものと推察される。かような観点からして、本件土地の利用方法としては、右空地部分は原告側においてこれを利用するのが相当と考える。すなわち、原告の本件解約申入については、本件借地全部の解約としての正当事由は認められないが、右空地部分のみの解約としての正当事由はこれを肯認すべきである。

そうだとすれば、別紙第三物件目録記載の土地については、被告の借地権は昭和四一年四月二〇日期間満了により消滅したものであるから、被告はこれを原告に明渡すべき義務がある。

よって原告の本訴請求のうち、主位的請求は失当として棄却し、予備的請求は正当として認容することとし、民事訴訟法第八九条、第九二条、第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺忠之)

〈以下省略〉

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